Web音遊人(みゅーじん)

ジェフ・ベックとレミー・キルミスター(モーターヘッド)、1986年の“幻”の共演

ジェフ・ベックのシングル「ワイルド・シング」がレコード店の店頭に並んだのは、1986年の初夏だった。

トロッグスが1966年に発表、ジミ・ヘンドリックスがカヴァーしてギター・アンセムとなったこの曲だが、ジェフはまさにワイルドに弾きまくり、自らヴォーカルも取っている(ただしヴォコーダーを通して)。

クラウス・ノミ風の奇妙なメイクをした人物(性別不明)をジャケットにしたイギリス盤に加えて、”来日記念盤”として文字のみのジャケットの日本盤も発売されたこのシングルの前年にはアルバム『フラッシュ』が発表されているが、まったく別のレコーディング・セッションで録音されたもの。1986年の春、ロンドンのオデッセイ・スタジオで、アラン・シャクロックでレコーディングした音源である。

ボックス・セット『ベッコロジー』(1991)に収録され、現在でもCDやストリーミングで聴くことができるジェフ版「ワイルド・シング」だが、あまりよく知られていないのは、この曲が実はモーターヘッドのレミー・キルミスターとのコラボレーションになるはずだったことだ。

ジェフとレミーの最初の接点については、明らかになっていない。1960年代後半、ジェフはヤードバーズ~ジェフ・ベック・グループのスターだった。 一方のレミーはセミプロ・ミュージシャンで、ジミ・ヘンドリックスのローディーをしていたときにジェフと面識があったかもしれないが(ジェフとジミは友人で、よくロンドンのクラブ「スピークイージー」で飲み交わしていた)、まだ格差があった。モーターヘッドのファースト・アルバム『モーターヘッド』(1977)はジェフが共同オーナーだったケント州のエスケイプ・スタジオでレコーディングされているが、レミーは「ジェフ・ベックが来ないかなと期待していたけど、来なかった」と語っている。

ただ、彼らが友人になるまでに、さほど時間は要しなかった。1980年代前半には、ロンドン界隈のパーティーで話しこむ2人の姿がしばしば目撃されている(1985年、ヴァージン・メガストアのリニューアル・パーティーでは中指を突き立てる2人の写真が撮影されている)。

ジェフ・ベック:孤高のギタリスト[上][下](ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス)

そうして持ち上がったのが、2人のコラボレーションだった。筆者(山崎)との取材で、ジェフはこう語っている。

「『ワイルド・シング』は史上最高のヘヴィ・メタル・ソングだ!……と盛り上がって、一緒にレコーディングしようって話になったんだ」

ただ、両者とも世界をツアーする多忙なミュージシャンのため、スケジュールの調整は困難を極めた。ジェフは自分のギターを録音済みだったため、単独名義のシングルとして発表することになった。

レミーはこの出来事について、筆者に残念そうに話していた。

「ツアーから戻ってきたら、ジェフが単独で出していたんだ。ガッカリしたよ」

なお、ジェフとレミーがデイヴ・エドモンズを加えてアルバムを作るという話もあった。この顔ぶれだとジェフがビッグタウン・プレイボーイズと共演した『クレイジー・レッグス』(1993)、あるいはレミーがスリム・ジム・ファントム、ダニー・B・ハーヴェイと組んだザ・ヘッド・キャットのようなロカビリー色の濃いサウンドになっていたと思われるが、こちらも実現しなかったのが残念でならない。

それでもレミーが諦めたわけではなく、晩年に制作していたソロ・アルバムにジェフを参加させようとしていた。2011年、ロンドンで行われたオレンジ・アンプのパーティーで、彼はこう語っていた。

「今日はジェフも来ているはずなんだ。もう3年も追いかけているし、今日こそは逃がさない!」

レミーのソロ・アルバムにはデイヴ・グロール、ジョーン・ジェット、スキン(スカンク・アナンシー)らが参加することになっており、一部レコーディングも行われていたが、彼が2015年12月28日に亡くなったことで作業が中止。発表には至っていない。

ジェフは筆者にこう語っていた。

「レミーとは冗談を言い合う仲で、ぜひ一緒にやってみたかったんだけどね。それがもう実現しないのは残念だ。彼の魂が安らかに眠ってくれることを祈るよ」

ジェフ・ベックとレミー・キルミスターという、それぞれ異なった個性で世界中のファンを魅了してきたアーティストの共演は、”夢”に終わってしまった。 果たし得なかったロックンロール・ドリームに、我々は想いを馳せるしかない。

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に850以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

 

特集

今月の音遊人 - 平原綾香さん

今月の音遊人

今月の音遊人:平原綾香さん「未来のことを考えず、純粋に音楽を奏でる人こそ、真の音楽家だと思います」

15710views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#042 BGMに芸術性と大衆性を共存させた確信犯的カヴァー集~ウェス・モンゴメリー『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』編

923views

【楽器探訪 Another Take】ベルの彫刻デザインとマウスピースも一新

楽器探訪 Anothertake

ベルの彫刻デザインとマウスピースも一新

11637views

楽器のあれこれQ&A リコーダー

楽器のあれこれQ&A

リコーダーを長く楽しむためのお手入れ方法

12696views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

20560views

小林洋平

オトノ仕事人

感情や事象を音楽で描写し、映画の世界へと観る人を引き込む/フィルムコンポーザーの仕事

3773views

水戸市民会館

ホール自慢を聞きましょう

茨城県最大の2,000席を有するホールを備えた、人と文化の交流拠点が誕生/水戸市民会館 グロービスホール(大ホール)

9284views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

10726views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

34405views

ギグリーマン

われら音遊人

われら音遊人:誰もが聴いたことがあるヒット曲でライブに来たすべての人を笑顔に

2935views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は、いつ買うのが正解なのだろうか?

9080views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

33017views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

8949views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

14864views

マルク=アンドレ・アムラン

音楽ライターの眼

その夜のピアノは、聴衆を“別世界”へといざなった/マルク=アンドレ・アムラン ピアノ・リサイタル

5693views

江藤裕平

オトノ仕事人

音楽ゲームの要となるリズムノーツをつくる専門家/『太鼓の達人』の譜面制作の仕事

12097views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:音楽は和!ひとつになったときの達成感がいい

6377views

マーチングドラム

楽器探訪 Anothertake

これからのマーチングドラム ~楽器の進化の可能性~

14068views

しらかわホール

ホール自慢を聞きましょう

豊潤な響きと贅沢な空間が多くの人を魅了する/三井住友海上しらかわホール

15181views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7570views

楽器のあれこれQ&A

いまさら聞けない!?エレクトーン初心者が知っておきたいこと

30649views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9690views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

33017views

OSZAR »