Web音遊人(みゅーじん)

連載33[ジャズ事始め]オスカー・ピーターソンを完コピしていた佐藤允彦が本人を前に冷や汗を流して学んだこと

佐藤允彦がジョージ川口とビッグ4+1(ビッグ・フォー・プラス・ワン)にスカウトされたのは、まだ高校生だった18歳だというから、1950年代の終わりごろのことだ。

このバンド、もともとはドラマーのジョージ川口をリーダーに、テナー・サックスの松本英彦、ピアノの中村八大、ベースの小野満という、人気・実力ともに当時のトップクラスの4人が顔をそろえ、“スーパー・ユニット”として1953年に結成されたビッグ4というバンドだった。

1953年は“戦後日本のジャズ・ブームの頂点”とされる年で、いくつもの大規模なイヴェントが開催され、多くの観客がジャズを求めて会場を埋め尽くしていた。

ビッグ4も、1日で10ステージが予定されていた日もあったというから、その人気ぶりがうかがえるだろう。

しかし好事魔多しで、翌年には松本英彦が体調を崩し、女性ファンからの人気を一手に集めていた小野満は自己バンドを結成するために脱退してしまう。

残ったジョージ川口と中村八大は、あれこれ手を尽くしてバンドの再生を図るも上手くいかず、メンバーも固定化できずに3年を過ごすうちに、ジャズ・ブーム自体が沈静化してしまった。

1958年、ジョージ川口は再びジャズ人気を取り戻そうと、松本英彦、アルト・サックスの渡辺貞夫、ピアノの八木正生、ベースの木村新弥というメンバーでビッグ4+1を結成。が、往時の流行には及ばず、翌1959年に解散してしまう。

佐藤允彦がこのビッグ4+1に関わっていたのは、前稿の引用で宮沢昭と渡辺貞夫の名前が出ていたことから考えると、1957〜59年あたりのことだと思われる。

ブームは去ったから“1日10ステージ”ほどではないが、トップクラスの演奏者が組んだバンドだから、それなりのハードなスケジュールだったはず。

そのスケジュールに穴があかないように控えていたのが、高校生とは思えないテクニックをもった佐藤允彦だったのだろう。

当時の日本は、「ジャズがまだコピー時代だった」(引用:佐藤允彦『すっかり丸くおなりになって…』1997年、メーザー・ハウス刊)から、例えばサックス奏者がチャーリー・パーカーを、ピアノ奏者がバド・パウエルを、歌手がエラ・フィッツジェラルドを真似ているのを恥じることはなく、むしろどれだけ本人っぽく再現できるかが評価されていた。

佐藤もオスカー・ピーターソンを手本とし、そのコピーの完成度は業界に知れ渡るほどだったようで、ある日のこと、オスカー・ピーターソン本人が登場するステージの前座の代役にという声がかかった。

ステージで勝手知ったるオスカー・ピーターソンの演奏を(おそらくレコードと寸分違わずに)弾き続けていると、後ろに気配を感じた。

「後方1m足らずのところに写真でみた通りの顔でピーターソンが立っているではないか。その瞬間の気持をどう表現したらいいだろう。頭蓋骨の中に体中の血が押し上げられ、視野は狭窄し、冷汗が流れ、運指はしどろもどろになり、膝はがくがくし、足は雲を踏んでいるような、──早い話がすっかりアガってしまったのである」(引用:同前)

舞台を下りた佐藤にピーターソンは「なかなかいいね、坊や」と声をかけたそうだが、本人は決定的な間違いを犯していたことに気付く。

どれほどピーターソンのように上手く弾くことができても、本物のピーターソンを前にしたらその上手さは意味がなくなってしまう。ピーターソンだけでなく、誰かの真似をしているかぎり──。

その“気付き”は、ある意味で1960年代の日本のジャズ・シーンの大きな命題となり、佐藤允彦はそれを背負ってアメリカへと飛び立っていったのではないか、という推論は次回。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:松居慶子さん「音楽は生きとし生けるものにとって栄養のようなもの」

6495views

音楽ライターの眼

戦争の苦境、郷愁誘う希望の光/小菅優&佐藤俊介デュオ・リサイタル「第一次世界大戦とクラシック音楽~作曲家に想いを馳せて~」

2247views

ピアニカ

楽器探訪 Anothertake

ピアニカを進化させる「クリップ」が誕生

18704views

楽器のあれこれQ&A

エレキギター初心者を脱したい!ステップアップ練習法と2本目購入時のアドバイス

6815views

コハーン・イシュトヴァーンさん Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ハンガリー出身のクラリネット奏者コハーン・イシュトヴァーンがバイオリンを体験レッスン!

11012views

オトノ仕事人

アーティストの個性を生かす演出で、音楽の魅力を視聴者に伝える/テレビの音楽番組をプロデュースする仕事

9346views

グランツたけた

ホール自慢を聞きましょう

美しい歌声の響くホールで、瀧廉太郎愛にあふれる街が新しい時代を創造/グランツたけた(竹田市総合文化ホール)

7861views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

8152views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10907views

われら音遊人:Kakky(カッキー)

われら音遊人

われら音遊人:オカリナの豊かな表現力で聴いている人たちを笑顔に!

8853views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

5272views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

32761views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

14183views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

9031views

ブルース・トラヴェラー

音楽ライターの眼

ブルース・トラヴェラー、ルーツ探訪アルバム『トラヴェラーズ・ソウル』発表

1532views

オトノ仕事人

コンサートの音の責任者/サウンドデザイナーの仕事

13577views

上海ブラスバンド日本支部

われら音遊人

われら音遊人:上海で生まれた縁が続く大家族のようなブラスバンド

3200views

楽器探訪 - ステージア「ELC-02」

楽器探訪 Anothertake

持ち運び可能なエレクトーン「ELC-02」、自由な発想でカジュアルに遊ぶ

33267views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

27394views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

5737views

楽器のあれこれQ&A

サクソフォン講師がアドバイス!ステップアップのコツ

2784views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

10652views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

32761views

OSZAR »