Web音遊人(みゅーじん)

お笑いに宝塚?!日本ならでは、関西ならではの『メリー・ウィドウ』/佐渡裕インタビュー

2005年、阪神・淡路大震災から10年を迎えた年に、復興のシンボルとしてオープンした兵庫県立芸術文化センター(以下、芸文センター)。世界的に活躍する指揮者の佐渡裕は、設立当初から芸術監督として、地域に文化芸術の種をまき、地元の人々とともに育てる活動に尽力してきた。毎年夏に芸文センターで開催してきた佐渡プロデュースによるオペラは、15年以上にわたる活動の大きな実りを感じることができる一大プロジェクト。2021年の夏には、2008年に大成功を収めた喜歌劇『メリー・ウィドウ』の改訂新制作による上演が予定されている。

街の人々の“心の広場”としての劇場

「残念ながら2020年に上演するはずだった『ラ・ボエーム』はコロナ禍によって2022年に延期となってしまいましたが、2021年は『メリー・ウィドウ』にしようという計画は、コロナ禍以前から決まっていました」

そう話す佐渡は、厳しいロックダウンが緩和され、無観客でのコンサートが開催できるようになったベルリンから帰国したばかり(自主待機中の自宅からオンラインで取材に応えていただいた)。「音楽は不要不急」と言われる危機的な局面において、この1年はあらためて音楽の力を感じたという。

「芸文センターを建てたときも同じことを思いました。その頃の西宮にはまだ阪神・淡路大震災の傷跡が残っていて、芸文センターのまわりにもブルーシートのかけられた建物や更地があちこちにありました。地元の方々に、こういう劇場をつくるという説明をして回ったときも、“良いものをつくってください。ただ知ってほしいのは、このあたりの人は皆、家のローンとお店のローンに追われて大変なんです”と言われた。そういった状況のなかで、劇場を建てて、オーケストラを作って、夏には盛大なオペラをやるというわけです。果たして本当に必要なのか?僕のなかでは大きな葛藤がありました。けれど、街の人に誇りに思ってもらえるような、“心の広場”として街の中に存在する場でありたいと、西宮から発信を続けてきた結果、たくさんの方々に来ていただける今があります」

スタッフ一丸となって作るオペラ・プロジェクト

その言葉どおり、芸文センターと西宮の人々の間には、ほかの地域にはない強い絆が育まれているのを感じる。定年退職して時間のできた夫婦が、ちょっと行ってみようかと気軽に足を運び、クラシックだけでなくジャズや落語、お芝居を楽しむ劇場。そういう意味では、明るく軽妙な『メリー・ウィドウ』はぴったりの演目だろう。

「15年間オペラを作ってきて、振り返るとやっぱり2008年の『メリー・ウィドウ』はいちばんの傑作だったんですよね。広渡ひろわたり勲さんの演出で、お笑いの桂ざこばさん、宝塚歌劇OGの平みちさんに出ていただき、舞台装置にも宝塚のテイストを取り込みました。アンコールは宝塚のレビューみたいになるんですよ。日本語での上演ということもあり、日本ならでは、関西ならではの『メリー・ウィドウ』ができたと思います」

幕が開いて間もない頃の客の入りはそれほどでもなかったものの、「これは面白い」と口コミで広がり、12回あった公演の後半は連日満席、のべ2万人の来場を記録したという。

「毎日、劇場のロビーに空席情報を書いた手書きの模造紙を貼り出し、スタッフも一丸となって宣伝しました。芸文センターには専属のオーケストラである兵庫芸術文化センター管弦楽団がありますから、オペラの制作から演奏、宣伝に至るまで、すべての行程を自分たちで作り上げることができます。オーケストラの奏者も、舞台の技術者も、清掃のスタッフも、売店の店員も……劇場に関わるすべてのスタッフが、夏はこのオペラ・プロジェクトの一員になる。それが、お客さまにオペラの魅力を紹介するのと同時に、私が芸文センターでやりたかったことでもあります」

2021年はその2008年の公演をベースにした改訂新制作とのことで、新しい演出にも期待したい。

「『メリー・ウィドウ』のあらすじはシンプル。小国ポンテヴェドロの国家予算に匹敵する財産を持つ大金持ちの未亡人ハンナが、もし外国人と結婚したら、財産が海外へ流れて国が破綻してしまう。それを阻止しようと、ツェータ男爵はハンナと昔の恋人ダニロをくっつけようと画策する。そんなごちゃごちゃした人間模様を描いたオペレッタです。パリを舞台に、フレンチ・カンカンがあったり、民族衣装をつけた踊りがあったり、劇場全体がびっくり箱になったような華やかな作品。それでいて主人公のハンナとダニロの、本当は好きなのに意地を張ってなかなかくっつかない微妙な距離感がなんとも良いんです。そしてなにより、レハールという作曲家の天才ぶりですね。プッチーニやヴェルディ、ワーグナーのように大それたものではないけれど、人の心を掴むメロディは本当に素晴らしい。ヨーロッパらしさを感じます」

今回、ダニロ役を射止めたバリトンの黒田祐貴は、2008年公演のときに同じくダニロ役を歌った黒田博のご子息とのこと。
「お父さんの博さんとは小学校5年生のときからの長い付き合いで、同じ合唱団で歌っていました。ですから今回、オーディションで紹介されたときは驚きましたね。しかもすごく良い声!即採用でした」

新たなスター誕生の場としても、このオペラ・プロジェクトの持つ意義は大きい。

■インフォメーション

オペラ『メリー・ウィドウ』
日時:2021年7月16日(金)~25日(日)14:00開演(13:00開場)
※7月19日(月)、23日(金)は休演日
会場:兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
料金:A席12,000円、B席9,000円、C席7,000円、D席5,000円、E席3,000円(税込・全席指定)
出演:高野百合絵、黒田祐貴、並河寿美、大山大輔 ほか
オフィシャルサイト

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:マキタスポーツさん「オトネタ作りも、音楽に関わるようになったのも、佐野元春さんに出会ったことから始まっています」

8940views

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase21)モーツァルト「ピアノ協奏曲第20番ニ短調」とペット・ショップ・ボーイズの16分音符はイントロスペクティヴ

音楽ライターの眼

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase21)モーツァルト「ピアノ協奏曲第20番ニ短調」とペット・ショップ・ボーイズの16分音符はイントロスペクティヴ

1786views

ピアニカ

楽器探訪 Anothertake

ピアニカを進化させる「クリップ」が誕生

18844views

大人のピアニカ

楽器のあれこれQ&A

「大人のピアニカ」の“大人”な特徴を教えて!

4761views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:独特の世界観を表現する姉妹のピアノ連弾ボーカルユニットKitriがフルートに挑戦!

5161views

オトノ仕事人

ピアノを通じて人と人とがつながる場所をコーディネートする/LovePianoプロジェクト運営の仕事

19213views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

27620views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7406views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

12719views

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う 結成30年のビッグバンド

われら音遊人

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う、結成30年のビッグバンド

10647views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

5752views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

32900views

脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

11414views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

23913views

壷阪健登

音楽ライターの眼

ジャズの新時代を拓く瑞々しいリリシズム/壷阪健登ソロ・ピアノ・コンサート“Departure”

1942views

楽器博物館の学芸員の仕事 Web音遊人

オトノ仕事人

楽器のデモンストレーション、解説、管理までをこなすマルチプレイヤー/楽器博物館の学芸員の仕事(前編)

12560views

われら音遊人:「非日常」の充実感が 活動の原動力!

われら音遊人

われら音遊人:「非日常」の充実感が活動の原動力!

8628views

reface

楽器探訪 Anothertake

個性が異なる4機種の特徴、その楽しみ方とは?

8591views

アクトシティ浜松 中ホール

ホール自慢を聞きましょう

生活の中に音楽がある町、浜松市民の音楽拠点となる音楽ホール/アクトシティ浜松 中ホール

15926views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

もしもあのとき、バイオリンを習っていたら

6118views

大人のピアニカ

楽器のあれこれQ&A

「大人のピアニカ」の“大人”な特徴を教えて!

4761views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7406views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

32900views

OSZAR »