Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#061 ハスキーな声でジャズにほろ苦さを加えた“歌姫”の代表作~ペギー・リー『ブラック・コーヒー』編

“ジャズ喫茶訪問”が最近のマイ・ブームとなりつつあるのですが、“隔世の感”を象徴するものとして真っ先に挙げたいのは、コーヒーが美味しくなっていることだったりします。

30~40年前のジャズ喫茶といえば、大きめの琺瑯のポットや鍋にネルドリップで淹れた珈琲を溜めておき、注文が入ると小鍋などで沸かしなおしたりして供するといったスタイルを、少なくともボクの通っていた店では取り入れていたので、そのころに流行りだしたサイフォンで1杯ずつ淹れて供されるコーヒー専門店とは異なる、“独特の風味”を醸し出していたのでした。

その“独特の風味”の1杯のコーヒーで何時間も粘ってレコードを聴こうというのが目的なのですから、「煮出したような」とか「出涸らしの」と揶揄しながらも納得していたというのが当時のジャズ喫茶事情であり、美味しいペーパードリップのコーヒーを供してくれる現在とは“隔世の感”があるというわけです。

そんな“独特の風味”を醸し出していたジャズ喫茶のコーヒーのイメージにピッタリとマッチしていたのが、本作のタイトル曲『ブラック・コーヒー』だったんじゃないかということを思い出しながら、“名作”の理由を再考していきたいと思います。


Black Coffee

アルバム概要

1953年に10インチLP盤(A面4曲B面4曲の合計8曲)がリリースされ、1956年に12インチLP盤(A面6曲B面6曲の合計12曲)として再リリースされた作品です。レコーディングはニューヨークのスタジオで、1953年は3回に分けて、追加分の4曲は1956年の4月に行なわれました。

12インチLP盤に準拠し同曲数同曲順でCD化されているほか、10インチLP盤に準拠したカセットテープ版もリリースされました。

メンバーは、ヴォーカルがペギー・リー、1953年のセッションはトランペットがピート・カンドリ、ピアノがジミー・ロウルズ、ベースがマック・ウェイン、ドラムスがエド・ショーネシー。1956年のセッションはハープがステラ・カステルッチ、ピアノがルー・レヴィ、ギターがビル・ピットマン、ベースがバディ・クラーク、ドラムス/ビブラフォン/パーカッションがラリー・バンカーです。

収録曲は、すべてジャズ・スタンダード・ナンバーのカヴァーで構成されています。

“名盤”の理由

10インチLP盤のリリース後に4曲を追加レコーディングして12インチLP盤がリリースされたのは、レコード会社が1950年代半ばに急遽、12インチLP盤のラインナップを主軸としてそろえたかったという事情から発した“窮余の一策”だったようです。

とはいえ、そのラインナップに欠かせないものとして選ばれたことからも窺えるのが、本作がリリース当時からペギー・リーの“代表作”として認知されていたということ──。

1940年代初頭にベニー・グッドマン楽団の専属シンガーとして注目を浴びて以来、そのトレードマークとされる“喉声”による官能的な歌唱で“歌としてのジャズのイメージ”を決定づけてきたペギー・リーの“ショーケース的な内容”であったことが、本作を生まれながらにして“名盤”たらしめていたと言えるのではないでしょうか。

いま聴くべきポイント

北欧系アメリカ人の両親のもとに生まれた彼女は、継母との折り合いが悪かったことから家を出て、自活するために音楽の道を選びました。そのためか、歌うことだけでなく貪欲に作詞作曲や映画出演と、まさに八面六臂の活動によって“米国ポピュラー音楽界にこの人あり”との名声を築いていきます。

その意味では、彼女のオリジナル曲(ペギー・リーはキャピトル・レコードと契約した1940年代半ばからシンガーソングライターとしても活動していました)を収録せずにポピュラー歌手としての部分のみをクローズアップした本作の“潔さ”は、彼女を“多才な音楽家”としてイメージ付けるのではなく、ポピュラー音楽にも柔軟に対応できるテクニックと表現力と声の個性があることを示すのに最適だったのでしょう。

柔軟な表現力ということでは、かなりグイグイと押してくるピート・カンドリのトランペット演奏に対してもひるむことなく包み込んでしまう“したたかさ”がある歌い手であることを記録している部分も、聴き逃せません。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

facebook

twitter

特集

ユッコ・ミラー

今月の音遊人

今月の音遊人:ユッコ・ミラーさん「音楽は人の心を映すもの。だからごまかすことはできません」

3900views

音楽ライターの眼

連載1[ジャズ事始め]ジャズの生い立ちには“文化”を知る手がかりが秘められている

8474views

楽器探訪 Anothertake

おしゃれで弾きやすい!新感覚のアコースティックギター「STORIA」

51223views

EZ-310

楽器のあれこれQ&A

初めての鍵盤楽器を楽しく演奏して上達する方法

1628views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

9887views

ステージマネージャーの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

オーケストラのステージの“演奏以外のすべて”を支える/オーケストラのステージマネージャーの仕事(前編)

45112views

メニコン シアターAoi

ホール自慢を聞きましょう

五感で“みる”ことの素晴らしさを多くの方と共感したい/メニコン シアターAoi

3867views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7410views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

21001views

われら音遊人:「非日常」の充実感が 活動の原動力!

われら音遊人

われら音遊人:「非日常」の充実感が活動の原動力!

8632views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

泣いているのはどっちだ!?サクソフォン、それとも自分?

6419views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

32921views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:若き天才ドラマー川口千里がエレキギターに挑戦!

12580views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

34252views

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase45)2人のシュトラウス宇宙の旅、美しく青き地球、AIを乗り越え超人の夜明け

音楽ライターの眼

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase45)2人のシュトラウス宇宙の旅、美しく青き地球、AIを乗り越え超人の夜明け

1039views

オトノ仕事人

子ども向けコンサートを企画し、音楽が好きな子どもを増やす/コンサートプロデューサーの仕事

9293views

ゲッゲロゾリステン

われら音遊人

われら音遊人:“ルールを作らない”ことが楽しく音楽を続ける秘訣

2443views

Pacifica

楽器探訪 Anothertake

「自分の音」に向かって没入できる演奏性と表現力/エレキギター「Pacifica」

2529views

秋田ミルハス

ホール自慢を聞きましょう

“秋田”の魅力が満載/あきた芸術劇場ミルハス

6650views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は、いつ買うのが正解なのだろうか?

9055views

FGDPシリーズ

楽器のあれこれQ&A

新たな可能性を秘めた楽器、フィンガードラムパッドに注目!

532views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

6708views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11017views

OSZAR »