Web音遊人(みゅーじん)

メタリカ

メタリカの誇るグラミー賞メタル部門最多受賞

2024年2月4日(アメリカ時間)、第66回グラミー賞の受賞者が発表された。テイラー・スウィフト、ビリー・アイリッシュ、マイリー・サイラス、オリヴィア・ロドリゴら実力派女性アーティストが主要部門で受賞・ノミネートされるなど大活躍を見せる一方で、よりハードな音楽のファンの注目を集めたのが“ベスト・メタル・パフォーマンス”部門だった。

メタリカ9回目の受賞

受賞したのはメタリカの『72シーズンズ』。対抗馬だったスリップノットとゴーストは受賞歴もあるノミネート常連であり、ディスターブドも本国アメリカでは毎作チャート上位に入る人気バンドだ。初ノミネートとなるカナダ出身のスピリットボックスはフルレンス・アルバムこそまだ1枚だが多数のシングルを発表、今がまさに“旬”のアーティストである。誰が受賞しても決して驚きはない顔ぶれだが、メタリカは別格の存在で、まるで当然のように賞をかっ攫っていった。

もちろん『72シーズンズ』が2023年を代表するメタル・アルバムの1枚だったことは間違いないし、同作に伴うワールド・ツアーも大盛況だった(日本には来てくれなかったが)。だがそれだけではなく、メタリカは常にグラミー賞と浅からぬ因縁を持ってきた。

グラミー賞が“ハード・ロック​​/メタル・パフォーマンス”部門を新設したのは1989年のこと。グラム・メタルの一大フィーバーは落ち着きつつあったものの、その勢いが止まったわけではなく、新しいスタイルであるスラッシュ・メタルが台頭。その筆頭格がメタリカだった。メタル部門が作られると発表されたとき、メタル・ファンの誰もがメタリカの『…アンド・ジャスティス・フォー・オール』(1988)が栄えある第1回受賞者になると予想した。

だが受賞したのがジェスロ・タルの『クレスト・オブ・ア・ネイヴ』というニュースは、メタル・コミュニティを盛大にズッコケさせ、非難の声が殺到することになった。1970年代に人気を博した英国プログレッシヴ・ロック・バンドである彼らは殊更にハードでもヘヴィでもなく、受賞アルバムは良作ではあったものの往年の名盤と較べると見劣りがするものだった。この年は他にメタリカ、AC/DC、イギー・ポップ、ジェインズ・アディクションがノミネートされていたが、いずれのアーティストが受賞してもこれほどのブーイングは飛ばなかっただろう。

この事態を重く見たグラミー賞の主催者は、翌1990年にはハード・ロック部門とメタル部門を分けることに。前年の失敗を踏まえてメタリカに栄誉を与えることが既定路線であり、『One』が受賞することになった。ドラマーのラーズ・ウルリッヒは受賞スピーチで「ジェスロ・タルが今年アルバムを出さないでくれたことを感謝したい」と皮肉を込めたジョークを飛ばしている。

そして1991年には『ストーン・コールド・クレイジー』(クイーンのカヴァー)、1992年には『メタリカ(ブラック・アルバム)』と、彼らは3年連続の受賞。1996年には受賞こそしなかったが、『フォー・フーム・ザ・ベル・トールズ』(ライヴ・ヴァージョン)がノミネートされた。

その後も1999年には『ベター・ザン・ユー』、2004年には『セイント・アンガー』、2009年には『マイ・アポカリプス』がメタル部門を獲得。さらに2000年には『ウイスキー・イン・ザ・ジャー』がハード・ロック部門、2001年には『ザ・コール・オブ・クトゥルー』(オーケストラ・ヴァージョン)がロック・インストゥルメンタル部門、2009年には『デス・マグネティック』がパッケージ部門を受賞している(ただし後者はバンドでなくアート・デザイナーの受賞扱い)。

また、彼らが多大な影響を受けてきたモーターヘッドが2000年に『エンター・サンドマン』でノミネート、2005年に『ウィップラッシュ』で受賞を果たすなど、メタリカは常にグラミー賞と共にあったのである。

アルバム『ハードワイアード…トゥ・セルフディストラクト』(2016)からは受賞がなく、そろそろ世代交代?……とファンを心配させた彼らだったが、今回の『72シーズンズ』によって、9回受賞という記録を樹立したのだった。

グラミー賞のカテゴリー

もちろんグラミー賞はメタリカだけの独壇場ではなく、ロック部門ではパラモア、フー・ファイターズ、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジからザ・ローリング・ストーンズまで、新旧アーティストがノミネート対象となった。現在進行形のレコーディング・作曲・アーティストのセレブレーションであるグラミー賞だが、幅広い層のリスナーが楽しめる内容だったといえる。

ちなみにその幅の広さはブルースについても言えることだ。現在2つのカテゴリーに分けられているが、トラディショナル・ブルース・アルバム部門はボビー・ラッシュの『All My Love For You』が受賞した。ロック部門ではザ・ローリング・ストーンズのミック・ジャガーとキース・リチャーズが共に1943年生まれの80歳でノミネートされたことでグラミー賞ウォッチャーを驚かせたが、ボビーはそれどころか1933年生まれの90歳で受賞。そんな一方でコンテンポラリー・ブルース・アルバム部門はサマンサ・フィッシュや24歳のクリストーン“キングフィッシュ”イングラムら新世代アーティストがノミネートされ、ラーキン・ポーが『ブラッド・ハーモニー』で受賞を果たした。

時代と共に変わっていくグラミー賞ゆえ、2012年には大幅なカテゴリー見直しが行われ、かつてメタリカが受賞したハード・ロック、ロック・インストゥルメンタルの両部門は廃止になってしまった。それに対して新しいカテゴリーが定められ、最近では“プログレッシヴR&Bアルバム”部門でSZAの『SOS』、“メロディック・ラップ・パフォーマンス”部門でリル・ダークfeaturing J. コールの『オール・マイ・ライフ』が受賞している。どうもジャンルの明確な定義にピンと来ないものもあるものの、時を追うごとにシックリ来るのかもしれない。

1959年にスタート、世界の音学業界で最も権威のある賞といわれ、受賞あるいはノミネートされることが名誉となるグラミー賞(ギャラも大幅に変わるという)。メタル・バンドとして最多受賞を誇るメタリカがどれだけ記録を伸ばしていくか、それはメタルというジャンルの命運を握っているともいえる。メタリカが健在なあいだは、グラミー賞からメタル部門がなくなることはないだろう。

■アルバム『72シーズンズ』

アルバム『72シーズンズ』

発売元:ユニバーサル ミュージック
発売日:2023年4月14日
価格:2,860円(税込)
詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:Crystal Kayさん「音楽がなかったら世界は滅びてしまうというくらい、本当に欠かせない存在です」

2854views

音楽ライターの眼

ジェフ・ベック:ジョニー・デップとの共演作を発表した孤高のギタリストが見せるヒューマンな側面

3975views

マーチング

楽器探訪 Anothertake

見て、聴いて、楽しいマーチング

16793views

暖房

楽器のあれこれQ&A

ピアノを最適な状態に保つには?暖房を入れた室内での注意点や対策

61364views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

16256views

オトノ仕事人

プラスマイナス0.05ヘルツまで調整する熟練の技/音叉を作る仕事

35248views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

15713views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

6679views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

14767views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:仕事もバンドも、常に真剣勝負!

10165views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

4981views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

27066views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

12344views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

12690views

演奏と語りの名手たちが、詠み、演じ、そして踊った。NHK交響楽団メンバーによるストラヴィンスキー「兵士の物語」

音楽ライターの眼

演奏と語りの名手たちが、詠み、演じ、そして踊った。NHK交響楽団メンバーによるストラヴィンスキー「兵士の物語」

5965views

マイク1本から吟味して求められる音に近づける/レコーディングエンジニアの仕事(前編)

オトノ仕事人

マイク1本から吟味して求められる音に近づける/レコーディングエンジニアの仕事(前編)

16568views

横浜レンタル倉庫(YRS)

われら音遊人

われら音遊人:目指すはフェス! 楽しみ、楽しませ、さらなる高みへ

2364views

楽器探訪 Anothertake

存在感がありながら他の楽器となじむシンフォニックなサウンドが光る、Xeno(ゼノ)トロンボーンの最上位モデル

6438views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

20514views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6589views

楽器のあれこれQ&A

サクソフォン講師がアドバイス!ステップアップのコツ

2788views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

7501views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10980views

OSZAR »